聖書について
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・人は、「南無阿弥陀仏」と称えるだけで救われる。 むずかしい修行をする必要はない。 ・では、救われるために「南無阿弥陀仏」と称えるのか というと、それも違う。 わたしたちは、すでに阿弥陀様に救われているから、 感謝の気持ちで、「南無阿弥陀仏」の念仏を称えるんだ、 という。 ・キリスト教でも同じである。 律法を守っているから救われるのではなくて、救われて いるから律法が守れるんだ、ということである。 ・イエスは徹底して、律法の奴隷になるな、といっている。 律法の奴隷になって、忠実に守ろうとすればするほど、 神から離れてしまう、とイエスはいっているのである、 と思う。 |